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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)1490号 判決

控訴人・原告 株式会社倉本商店

訴訟代理人 霜山精一 外三名

被控訴人・被告 大阪商船三井船舶株式会社 外二名

訴訟代理人 森俊夫 外五名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人等は、「一、原判決を取り消す。二、被控訴人大阪商船三井船舶株式会社との合併前の大阪商船株式会社と、訴外東京食品合名会社との間の昭和二二年五月一八日付訴外石川準吉並びに同黒住正己の両名が連帯保証人となつている土地貸借契約書は、真正の証書でないことを確認する。三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人等はいずれも控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の主張)

現行民事訴訟法第二二五条にいわゆる証書真否確認の訴の対象となる書面は、改正前の民事訴訟法の規定におけるように、公正証書とか検真を経た私署証書等に限定する制限はなく、いやしくもある法律関係を立証し得るものである限り、覚書手紙等の一般の書面をも含むものと解すべきであつて、このことは前記改正の経過に徴しても明らかである。そうして訴訟の勝敗に関係する証書は、直接紛争の対象となつており、主文における判断の対象となる法律関係を直接証明する手形や貸金証書のごとき書面のみに限られるものではなく、請求原因を構成する多数の事実ないし法律関係の一つの存在を証明する書面もまた、事件の勝敗を左右するという意味では変りがない。従つてかかる書面も「証書の真否を確定することによつてその書面に記載されている法律関係の紛争自体も解決されると同様の効果を有する」証書であると解して差支えない。そうして本件証書は、被控訴人金子和助、同中野三四一の控訴人に対する本件土地の明渡請求権の存否に関する訴訟において、控訴人の主張する本件土地についての賃借権の存在を否定するために、控訴人から使用貸借の申込があつたに過ぎないことを立証する目的で偽造ないし変造されたものであり、控訴人の賃貸借の主張を排斥するためには最も有力な書証なのである。従つて右明渡訴訟において、このように賃貸借の存在ないし不存在を直接間接に表現する証書は手形、貸金事件における手形や貸金証書と同じく、その成立の真否の確定が記載された法律関係自体の紛争の解決と同様の効果を有する証書であり、民事訴訟法第二二五条の適用ないし準用のある証書であると解して妨げない。

また証書真否確認の訴の対象となる証書であるためには、前述のようにそれが判決主文に影響する法律関係の存否を直接間接に証明するに足る証拠力を有すれば十分であつて、必ずしも唯一の証拠である必要はない。

次に本案の権利関係が判決によつて確定された後においても、証書の真否を確認する利益は必ずしもなくなるとはいえない。証書の真否を確認する利益は、単に既に主張したような民事上の利益のみに限定されるものではなく、法の保護に値する利益である以上、告訴、告発権の保護、無体財産権上の保護、個人の名誉権維持のための保護、各行政官庁との関係での保護等のためにも、証書真否確認の訴の提起が許されて然るべきである。また右真否確認訴訟の提起当時ないしその係属中に、必ずしも本案の訴が提起してあることを必要ないと解すべきである。

(誤記の訂正)

原判決事実摘示の記載のうち、原告の請求の趣旨三行目(原判決原本二枚目表七行目)以下に「土地賃貸借契約書」とあるのは、「土地貸借契約書」の、同じく五行目(同原本二枚目表九行目)に「被告」とあるのは「被告等」の誤記と認め、原告の請求原因事実の記載のうち、(四)の一行目(同原本三枚目裏四行目)に「約一一年後」とあるのは「一〇年後」の、同じく五行目(同原本三枚目裏八行目)以下に「(同裁判所昭和三二年(ワ)第六七四六号)」とあるのは、「(同裁判所昭和三二年(ワ)第六七四五号)」の各誤記と認め、被告等の本案前の申立の理由の記載のうち、(二)の一六行目(同原本一一枚目表五行目)に「昭和三二年七月二四日」とあるのは、「昭和三二年七月二六日」の、同じく三一行目(同原本一一枚目裏九行目)に「右各証書」とあるのは、「右各書証」の各誤記と認め、いずれもそのように訂正する。

理由

まず被控訴人等主張の本案前の抗弁について考えるのに、控訴人の主張によれば、控訴人が本訴においてその成立が真正でないことの確認を求めている書面は、借主東京食品合名会社、その連帯保証人石川準吉及び黒住正己各作成名義の昭和二二年五月一八日付土地貸借契約書と題する書面であるところ、原判決添付物件目録記載の宅地(以下本件宅地と略称する)につき、昭和三二年七月二六日被控訴人大阪商船三井船舶株式会社の合併前の会社である大阪商船株式会社から、被控訴人金子和助、同中野三四一に所有権移転登記がなされたこと、右被控訴人両名が控訴人外三名に対し、東京地方裁判所に対して本件宅地についての建物収去土地明渡等請求訴訟を提起し(同裁判所昭和三二年(ワ)第六七四五号事件)、右訴訟において被控訴人金子、同中野が本件土地貸借契約書を書証として提出したこと、控訴人等が昭和三四年一〇月二八日右事件において敗訴の判決を受け、控訴人等はこれに対し控訴、上告したがいずれも棄却され、右敗訴判決が確定したことは、いずれも当事者間に争がない。

ところで民事訴訟法第二二五条にいわゆる証書真否確認の訴の対象となるべき法律関係を証する書面とは、その記載内容から直接一定の法律関係の成立ないし存否が証明される書面をいうものと解するのが相当である。そうして弁論の全趣旨によれば、本件土地貸借契約書の内容は、本件宅地について大阪商船株式会社と東京食品合名会社との間に使用貸借契約を締結する趣旨に解し得ないではないものであり、しかも右契約書には、借主としての東京食品合名会社代表者倉本泰光と連帯保証人としての石川準吉及び黒住正己両名の記名捺印があるのみであつて、貸主である大阪商船株式会社代表者の署名、捺印がなされていない。そこで前記建物収去土地明渡等請求訴訟において、原告である被控訴人金子、同中野は、被告である控訴人等が本件宅地につきその主張するような賃借権ないし使用貸借権を有しないことの反証として、控訴人からは使用貸借の申込があつたに過ぎず、しかも右申込に対しては大阪商船株式会社の承諾の意思表示がなかつたことを立証する書証として、提出されたものであることを認めることができる。

右事実によつて考えれば、本件土地貸借契約書における作成名義人東京食品合名会社代表者倉本泰光及び石川準吉、黒住正己の記名捺印が権限ある者によつて有効になされたものか否か、すなわち右契約書の成立が真正であるか否かが確定されたとしても、これによつて確定されるのは、その当時東京食品合名会社から大阪商船株式会社に対し、本件宅地について右契約書記載のような内容の契約の締結を申し込んだ事実があつたか否かということだけであつて、控訴人と被控訴人等との間で争となつている、本件宅地についての賃貸借契約ないし使用貸借契約の成否、すなわち控訴人等の本件宅地についての占有権原の有無について直接証明があつたことにはならないし、従つてまたこれによつて、本件宅地に関する紛争が解決することにもならない。控訴人は、現行民事訴訟法第二二五条が旧法における証書真否確認の制度を拡大したものであり、右規定は証書真否確認の訴の対象となるべき書面につき格別の制限を置いていないとして、紛争の対象となつている法律関係の前提となる事実ないし法律関係に関する証書についても、利益がある限り右訴が許されると解すべき旨主張する。なるほど紛争の対象となつているある法律関係の前提となつている権利ないし法律関係(例えば所有権に基づく明渡請求に関する紛争における所有権等)の存否について争があり、この争をも別個に解決する利益がある場合等においては、右前提となつている権利ないし法律関係を証する書面につき、証書真否確認の訴が許されるとすることもできようが、それ以外にさらに単なる請求原因事実やまして間接事実を証明するに過ぎない書面までを、右訴の対象とすることを許容したものと解すべき根拠はないし、現行民事訴訟法の規定がこのような場合にまで証書真否確認の訴を許容したものと解することは到底できない。本件において前記土地貸借契約書の成立が真正であるか否かが確定されることによつては、東京食品合名会社から大阪商船株式会社に対し、右契約書記載のような内容の契約の締結の申込があつたか否かが確定されるに過ぎないことは前述のとおりであり、このような書面についてまで証書真否確認の訴が許されるものでないことは、以上に述べたところから明らかである。従つて本件土地貸借契約書の成立の真正でないことの確認を求める控訴人の本訴請求は、既にこの点において不適法たるを免れない。

のみならず、被控訴人金子等の控訴人に対する本件宅地についての建物退去土地明渡請求権等の存否については、既に控訴人敗訴の確定判決が存在することは前記のとおりである。そうして証書真否確認の訴についても、これが許されるためには、当該書面の成立の真否を確定するにつき、原告が法律上の利益を有する場合、換言すれば右書面によつて証明される法律関係が不確定であることによつて、原告の権利ないし法律上の地位に危険又は不安が生じており、書面の真否が確定されることによつて右危険又は不安が除去される場合であることを要するのである。本件において前記土地貸借契約書の成立の存否が確定しても、本件宅地に関する控訴人の権利ないし法律上の地位に存する危険又は不安が解消されることにならないのは、前述したところから明らかであるが、仮にこの点を度外視するとしても、本件においては前記確定判決により、事実審口頭弁論終結当時において、被控訴人金子等が控訴人に対し、本件宅地につき建物退去土地明渡請求権等を有することが、既判力を以て確定されているのである。従つて仮に本件土地貸借契約書の成立が真正でないことが確定されたとしても、これによつて右確定判決の既判力が左右されることにはならないのであるから、この点からいつても控訴人は本件土地貸借契約書の成立の真否確認を求める利益を有しないし、このような場合に重ねて同一の権利関係を明らかにするため、証書真否確認の訴を提起することは、許されないものというべきである。現行民事訴訟法の規定がこのような場合にまで証書真否確認の訴を許容する趣旨であると解することはできない。

控訴人は前記確定判決に対する再審の訴に関する利益を主張するようであるけれども、控訴人が前記訴訟の上訴審において、本件土地貸借契約書が偽造にかかるものであることを主張したことは、控訴人の主張自体に徴し明らかであるから、民事訴訟法第四二〇条第一項但書により右契約書が偽造であるとするだけでは直ちに再審の訴を提起することは許されないのであるし、同条第二項所定の要件が満たされたとしても、証書真否確認の訴によつて当該書面の偽造であることが確認されることが再審の訴の要件となる訳ではないから、その他特段の事情が認められない本件においては、右確認の利益を肯定することはできない。その他控訴人は偽造文書行使、偽証その他についての告訴、調停申立、不法行為に基づく損害賠償請求、無体財産権上の保護、個人の名誉権維持のための保護、各行政官庁との関係での保護等に関する利益をいうけれども、いずれも採用するに足らず、その他この点に関する控訴人の主張はいずれも独自の見解であつて、採用することはできない。 以上の次第で控訴人の本件証書真否確認の訴はいずれにしても不適法たるを免れないから、これを却下した原判決は相当であつて、本件控訴はその理由がないからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高井常太郎 裁判官 中川哲男 裁判官 藤田耕三)

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